アウシュビッツへ続く道

アウシュビッツへ続く道

ヨーロッパ各地で集められたユダヤ人や反ナチスの活動家たちが、長い列車の旅を終えて最後にたどり着いた「終着駅」である。

アウシュビッツ強制収容所・正面

アウシュビッツ強制収容所 正面

「ARBET MACHT EFREI(アルバイト マハト フライ)」"働けば自由になる"という意味。Bの文字が反転している。収容された捕虜の唯一の反抗手段であったといわれている。

犠牲者の像

犠牲者の像

現在、博物館として保管されている収容所の入り口に、この像が置かれている。ここで400万人の人々が殺害されホロコースト(ナチ政権時の意図的、組織的な大量殺戮)の犠牲となる。

死の壁

死の壁

正面ゲートを入って、逆に見たアングル。一万人もの人々が、見せしめに銃殺された。

木の三段ベッド

木の三段ベッド

列車を降りた人々は、労働力のあるものとないものに仕分けられ、レンガ造りのバラック小屋に押し込められ、囚人となった。身につけているものはすべて没収され、姓名の代りに囚人番号で呼ばれるようになる。左腕に刺青で囚人番号を刻まれた。囚人たちの労働時間は1日12時間を越え、三度の食事は、中身のないスープとひとかけらのパンだけ。
35~40人用のベッドに200人もの人々が収容されていた。
労働に耐えられなくなった者は、ガス室行きに、そしてかわりの労働力は次々に貨車で運ばれてくる。

バラック小屋内部

バラック小屋内部

板一枚の壁である。零下数度の外の寒さをしのぐのに、中央の暖炉があったが、寒くて眠れなかったという。まるで牛小屋、馬小屋である。

ガス室

ガス室

収容者の八割は、ガス室で即時虐殺された。
強制労働に耐えられそうなものは、収容所へ残り八割はガス室へ。
ガス室では、1回あたり2000人が、「チクロンB」という毒ガスを使い、20分間ほどで殺される。その後、死体から金歯を抜かれ、髪の毛が剃られ、指輪とピアスがとられ、焼却炉へと運ばれる。

死体焼却炉

死体焼却炉

アウシュビッツ・ビルケナウには、120の焼却炉があり昼夜絶え間なしのフル稼働で、最多2500人の死体を焼却した。

半地下にある焼却炉

半地下にある焼却炉

貨車

貨車

アウシュビッツ収容所を貫いている思想は、効率である。
ユダヤ人をいかに効率よく運搬し、効率よく働かせ、効率よく焼いて処分するか、そのことを追及した施設である。焼却炉は24時間フル稼働し、1日に1万人以上の人々が焼かれ灰になった。
1日に何人殺せるか計算し、計画を立て実行していた人間がここにはいた。
それを狂気とみなさずに、当たり前の日常としていた場所がここにあった。
計画的に組織的に、ひとつの民族を抹殺しようとしたのだ。

遺品・子供の靴

遺品・子供の靴

殺害された子供の数は、32万人だったそうである。

監視室

監視室

監視塔

監視塔

収容所外周には、監視塔と高圧電線が張り巡らされていた。
あまりの絶望に自ら、鉄条網につかまり、自殺するものも多数いた。

ベルゲン・ベルゼン全景

ベルゲン・ベルゼン全景

現在のベルゲン・ベルゼン

現在のベルゲン・ベルゼン

ドイツの敗戦間際、ソ連軍が国境を突破しアウシュビッツに近づきつつあることを察知したナチスドイツは、証拠隠滅のため、施設すべてを破壊した。
廃墟と化したアウシュビッツの中でも煙突だけは残されている。有刺鉄線に囲まれた廃墟の中、唯一原型を留めている無数の煙突は、亡くなった無数の人々の墓標のようにもみえる。

アンネ・フランクの墓

アンネ・フランクの墓

アンネ・フランク一家の隠れ家

アンネ・フランク一家の隠れ家

アンネ一家は、オランダのアムステルダムにて隠れが生活を始め、その2年後にドイツ警察によって逮捕された。

アンネのバラ

アンネのバラ

アンネのバラの花は、美しく変化する性質を持っている。蕾の時は赤色、開花するとオレンジ色に黄色がかったいわゆる黄金色で、さらに時間の経過とともに日差しを浴びて、花弁の先から次第にサーモンピンクに変色し、さらに濃く変色して赤色に近くなってゆく。色の変化は寒暖の差が激しいほど鮮やかで冴える。

平和

平和

日本国憲法第9条

日本国憲法第9条